浅野撚糸株式会社

記事公開日:

2024/12/2

浅野撚糸株式会社

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2024/12/2

工場らしくない工場

双葉駅の東口を出て、海の方へ車で5分ほど向かうと、赤と白の一際大きな建物が目に入る。美術館のようにも見えるこの建物こそ、浅野撚糸の生産工場「フタバスーパーゼロミル」だ。「工場であることを知らずに立ち寄られる方もいるくらい」と話すのは、所長補佐の土屋輝幸さん。工場らしくないのは外観だけではない。工場内にはタオルの販売ショップやカフェまで併設されており、壁面には会社の歴史が描かれている。肝心の工場はというと、ガラス越しに全自動の撚糸製造機が糸を紡ぐ様子をいつでも誰でも見ることができる。「ここならちょっと覗いてみたくなるでしょう」と土屋さんがニヤリ。多くの人に製造現場をみて欲しいという社長の狙いが反映されている。

ゼロからのスタート

遠い岐阜に拠点を構える同社が双葉町のことを知ったのは、震災後のこと。経済産業省から社長の浅野さんに「福島の復興と繊維産業の復興をしたいから手伝ってほしい」と声がかかった。まずは現地に行ってみようと浜通りの市町村を視察。震災から8年(当時)が経ってなお瓦礫の残った双葉町の風景を見た際は「言葉を失った」そうだが、それでもポジティブに捉えれば「ゼロからスタートが切れるチャンス」ではないかと、双葉町で事業を起こすことを決めた。「ここで事業を成功させることで、双葉町と浅野撚糸、そして繊維産業全体が共に発展していける三方良しの関係を築きたいです。まずは双葉町を訪れるお客様に満足していただきたいですね」と土屋さんは言う。

双葉町から世界へ

販売戦略を聞くと「海外を見ています」と土屋さん。なんと双葉町で生産される撚糸はベトナムやポルトガル、中国、韓国の企業との販売契約を獲得している。その規模は契約一社あたり年間60トン。製品の質の高さが評価されていることはもちろん、海外でも大きく報じられた大震災の被災地で作られているというストーリーに心打たれる海外企業も多いそう。ピンチをチャンスと捉える同社の当初からの考え方が、海を超えて結果を出している。

呼び水として町の発展の礎に

双葉で働く24名(24年9月現在)の従業員のプロフィールを見ると、福島出身の社員に、岐阜本社から出向中の社員、ベトナムからの技能実習生、と様々だ。南相馬市出身の佐藤愛海さんは、高校卒業後に新卒で同社に入社。「仕事のできるかっこいい人になりたいんです」と笑う彼女は、接客等の日々の業務をこなしながら、いつかは地域を巻き込んだイベントを企画したいと意気込む。若い世代が純粋な心で町を盛り上げようとしている。

国内外に名を轟かせ、地域に多くの雇用を生み出している同社は、その役割を「呼び水」と表現する。「双葉町で企業として成功できるんだと示せば、他の企業も進出してくるでしょう。そうすれば今より町内の雇用も増え、もっと暮らしやすい町になる。私たちは町が発展するための呼び水になりたいんです」。自身も移住者である土屋さんは、自身の経験を踏まえ、こう続けた。「一番いいのは、まずこの町を見てみること。その時何を感じるか。ぜひ一度双葉へ来て欲しいですね」

(接客中の佐藤愛海さん)


工場らしくない工場

双葉駅の東口を出て、海の方へ車で5分ほど向かうと、赤と白の一際大きな建物が目に入る。美術館のようにも見えるこの建物こそ、浅野撚糸の生産工場「フタバスーパーゼロミル」だ。「工場であることを知らずに立ち寄られる方もいるくらい」と話すのは、所長補佐の土屋輝幸さん。工場らしくないのは外観だけではない。工場内にはタオルの販売ショップやカフェまで併設されており、壁面には会社の歴史が描かれている。肝心の工場はというと、ガラス越しに全自動の撚糸製造機が糸を紡ぐ様子をいつでも誰でも見ることができる。「ここならちょっと覗いてみたくなるでしょう」と土屋さんがニヤリ。多くの人に製造現場をみて欲しいという社長の狙いが反映されている。

ゼロからのスタート

遠い岐阜に拠点を構える同社が双葉町のことを知ったのは、震災後のこと。経済産業省から社長の浅野さんに「福島の復興と繊維産業の復興をしたいから手伝ってほしい」と声がかかった。まずは現地に行ってみようと浜通りの市町村を視察。震災から8年(当時)が経ってなお瓦礫の残った双葉町の風景を見た際は「言葉を失った」そうだが、それでもポジティブに捉えれば「ゼロからスタートが切れるチャンス」ではないかと、双葉町で事業を起こすことを決めた。「ここで事業を成功させることで、双葉町と浅野撚糸、そして繊維産業全体が共に発展していける三方良しの関係を築きたいです。まずは双葉町を訪れるお客様に満足していただきたいですね」と土屋さんは言う。

双葉町から世界へ

販売戦略を聞くと「海外を見ています」と土屋さん。なんと双葉町で生産される撚糸はベトナムやポルトガル、中国、韓国の企業との販売契約を獲得している。その規模は契約一社あたり年間60トン。製品の質の高さが評価されていることはもちろん、海外でも大きく報じられた大震災の被災地で作られているというストーリーに心打たれる海外企業も多いそう。ピンチをチャンスと捉える同社の当初からの考え方が、海を超えて結果を出している。

呼び水として町の発展の礎に

双葉で働く24名(24年9月現在)の従業員のプロフィールを見ると、福島出身の社員に、岐阜本社から出向中の社員、ベトナムからの技能実習生、と様々だ。南相馬市出身の佐藤愛海さんは、高校卒業後に新卒で同社に入社。「仕事のできるかっこいい人になりたいんです」と笑う彼女は、接客等の日々の業務をこなしながら、いつかは地域を巻き込んだイベントを企画したいと意気込む。若い世代が純粋な心で町を盛り上げようとしている。

国内外に名を轟かせ、地域に多くの雇用を生み出している同社は、その役割を「呼び水」と表現する。「双葉町で企業として成功できるんだと示せば、他の企業も進出してくるでしょう。そうすれば今より町内の雇用も増え、もっと暮らしやすい町になる。私たちは町が発展するための呼び水になりたいんです」。自身も移住者である土屋さんは、自身の経験を踏まえ、こう続けた。「一番いいのは、まずこの町を見てみること。その時何を感じるか。ぜひ一度双葉へ来て欲しいですね」

(接客中の佐藤愛海さん)


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浅野撚糸株式会社

1967年に縄の加工を生業として岐阜県にて創業し、1969年に撚糸製造会社として法人化。一時は安価な海外製品に押されて仕事が激減するも、独自の加工技術を開発して業績のV字回復に成功した。福島県と繊維産業の復興を同時に行うべく、2023年に双葉町内に新たな生産工場を設置し、圧倒的な吸水力を誇る特殊撚糸「スーパーゼロ」をはじめとする画期的な商品を製造している。実用性に優れ、見た目の美しさと肌ざわりの良さを兼ね備えた同社の製品にはファンも多い。

ひなた工房双葉

株式会社フレックスジャパンの衣料品再生(リメイク)、オーダーシャツ生産の拠点として2023年7月に設立された「ひなた工房双葉」。双葉町の中心部である中野地区に工房を構え、リメイクやオーダーシャツの縫製作業、併設されたコンセプトショップではポーチやバッグなど小物の販売も行っている。

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